沖縄中央病院に通院されていた方からの寄稿文をご紹介いたします。

「入院を乗り越えて」

 「○○、ちゃんとお姉ちゃんの腕をつかんどいてよ!」と、母が弟に言いました。
「いやー、はなして!」と、私は家族に取り押さえられ、無理やり連れて行かれた先は沖縄中央病院でした。
私は、その日の前日から家に帰らず、まだ薄暗い明け方になって知らない人の家に押し入り、警察に通報されて保護され、家族が警察署に呼ばれたのです。その時の私は自分が超能力者であり、地球を救うべくして、この世に生まれたという錯覚がありました。そう、私は統合失調症だったのです。
 しかし、無理やり連れて行かされた時は、自分が統合失調症だなんて思ってもみなかったです。自分の超能力が真実で、自分は正しいことをしていると思っていたので、どうして病院に連れて行かされたのか、よく分からなかったのです。だから病院に行くことに抵抗しました。でも私の抵抗も家族4人の前では微力で、ちから負けして病院に行くことになりました。その時はとても辛かった・・・。
 はじめての入院でした。しばらくは、どうして精神科の病院にいるのか、私には理解することが出来ずに、辛く悲しい思いをしながら過ごしていました。しかし、先生から薬を処方していただき、看護婦さんにも優しく支えられていくうちに、病状も気持ちも安定し、退院となりました。
 退院の日には、家族みんなが迎えに来てくれました。家では母が、手料理で私の好きなものをいっぱい作ってくれました。部屋にはバラの花が飾られ、私は家族に愛されていることを肌で感じながら、家族のやさしさに感謝しました。
 あれから、再発もなく日々を順調に過ごして、今では病院の運営するグループホーム「月桃」で介護ボランティアができるほどに回復してきたのです。先生も外来時には「元気になったね・・・」と、笑顔で喜んでくれます。自分が超能力者だというのは、私の錯覚だということも自覚出来るようになりました。まるで夢から目がさめたようです。
 今、私の病状がよくなったから言えることですが、あのとき嫌がる私を無理やり病院に入院させた時は、私も家族も大変辛い思いをしました。しかし、私には自分が病気だという意識がなかったので、病院に訪れるきっかけは、無理やりという方法でしたが、それは仕方のないことだったと思っています。仮にも、あのとき病院に入院出来ないまま、私の病気が悪化して自分が他人を傷つけていたら・・・、と考えると、ぞっとします。
 病気が回復するまでは、家族のやり方(私の場合は、無理やり病院に連れて行くやり方)に、多くの心を病んだ人は反発するかもしれません。しかし、病気の回復は病院に行って初めて出来るものです。回復という第一歩を歩みたいなら、少しぐらいの家族の無理やりさは、のちのち良い結果をもたらすのです。だから、その時は辛くても病院に行った方が良いと思います。
 私は、病気から回復しました。だから、あのとき無理やりでしたが、私を沖縄中央病院に連れて行き入院させた家族に、今、大変感謝しています。お父さん、お母さんありがとう。私は、これからも健康に注意して、もとの健康な私になるよう頑張っていくから・・・。

ペンネーム  グリーンティー

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